大人になっても、
どうしようもなくつらくなるときがあります。
理由がはっきりしていることもあれば、
何が引き金だったのか自分でもよくわからないまま、
気持ちだけが沈んでいくこともある。
やるべきことは目の前にあるのに、うまく動けない。
そんな自分に焦って、さらに苦しくなることもあります。

子どもの頃のように、誰かがそっと寄り添ってくれたり、
「今日は休んでいいよ」と言ってくれたりすることは、
大人になるにつれて少なくなっていきます。
仕事や家庭の中で役割を担い、「ちゃんとしなければ」と思うほど、
弱さを見せることにためらいが生まれる。
気づけば、つらさを抱えたまま、歯を食いしばってやり過ごすことが当たり前になっていました。
いつの間にか、それが「普通」になっていたのです。

けれど、あるときふと気づきました。
どうしようもなく苦しいとき、
自分の中に、まるで駄々をこねる子どものような、
正解なんてない日々の中で途方にくれる子どものような、
寄りべない存在がいることに。

うまく言葉にできない気持ちを抱えて、
誰にも頼ることもできず、
もがき苦しむ、小さな自分です。

その存在に気づいたとき、
これまでのように無理に押さえ込むのではなく、
少し違う向き合い方をしてみようと思いました。

誰かにしてもらえないのなら、
自分で自分を受け止めてみる。
自分で自分を助けてあげる。

そんな発想です。

「つらいよね」「しんどいよね」と、心の中で声をかけてみる。
すぐに立て直そうとせず、
少しだけ立ち止まることを許してあげる。
やらなければいけないことがあっても、
その日は最低限にして、あとは自分を休ませることを優先してみる。

空をぼんやり眺めてみたり、
お気に入りの絵に目をやったり、
何も考えずに過ごしてみる。
瞳を閉じて、ゆったりと湯船に身を浸す。

ほんの小さなことですが、
それだけで、張り詰めていたものが少し緩む感覚がありました。

不思議なことに、
そうやって自分を甘やかした方が、
結果的にはまた動き出す力が戻ってきます。
無理に引っ張り上げようとするよりも、
いったんしゃがみ込んで、自分の状態をそのまま認める方が、
次の一歩が軽くなるように感じるのです。

そうして、少し力がもどったら、
どうしてもやらなければと感じることを、
泣いてる我が子に手を差し伸べる気持ちでやってみる。
すると、自分のタスクだと思ってたときは気が重くて立ちすくんでいたことにも、不思議と力が湧いてくることがありました。

「大丈夫、大丈夫。私がやっておくからね。」

そう自分に声をかけることで、
大人の自分も子どものような自分も少し救われる気がするのです。

大人になると、
「甘やかす」という言葉にどこか後ろめたさを感じることもあります。
けれどそれは、怠けることとは違います。
自分の中にいる小さな自分を見捨てず、
きちんと向き合うということ。
誰かにしてあげるように、自分にもしてあげるということです。

子どもが安心できる場所で気持ちを解放するように、
大人の自分にも、安心して戻ってこられる場所が必要なのかもしれません。
それを外に求めるだけでなく、自分の中にもつくっていく。

自分で自分を甘やかすという選択は、
弱さに負けることではなく、
これからも歩いていくための力を整えることなのだと思います。