何もかもがつらいときは、ただ心を休ませる
何もかもがつらいときは、どう過ごせばいいのか分からなくなることがあります。
何を見ても負の連想が浮かんでくる。
何をしようと思っても、億劫に感じてしまう。
そうかといって、
気を紛らわせるために動画や漫画をみたり、
ゲームを始めると、
嫌な気持ちから逃げる時間を少しでものばしたくて、いつの間にか時間が溶けている。
そして、現実に引き戻されたときに、
もっと追い詰められたり、自己嫌悪に呑み込まれる。
好きだったことを思い出してみても、
やろうとしても、なんだかしんどい。
気分転換をした方がいいのかもしれないと思っても、
外に出る気力もわかない。
そんなとき、
「どうしてこんなふうになってしまったんだろう」と自分を責めてしまうことも。
もっと頑張らなきゃいけないんじゃないか。
こんなことで落ち込んでいてはいけないんじゃないか。
そんなふうに思ってしまうこともあるかもしれません。
でも、あとから振り返ると、
そういうときは、
自分が思っている以上に心が疲れているときでした。
忙しい日々の中で、
気づかないうちに無理をしていたり、
小さな緊張や心配を抱え続けていたり。
体が疲れると動けなくなるように、
心も疲れると、ものごとを楽しんだり、
前に進もうとする力が弱くなってしまうのだと思います。
それは、自分が弱いからでも、
怠けているからでもなくて、
心を休ませてあげたほうがいいというサインなのかもしれません。
そんなときは、
何かを頑張って変えようとしなくてもいい。
元気になろうと無理に動くより、
ただ少し休む。
もし少しだけ余裕があれば、
ほんの短い時間でもいいので、
何もしない時間をつくってみてください。
考えすぎて疲れ切ってしまった頭を休めるつもりで、ただぼんやりと景色や空を眺めてみる。
スマホから少し離れて、
頭に入ってくる情報を減らしてみるだけでも、
心の疲れがやわらぐことがあります。
すぐに気持ちが軽くなるわけではないかもしれません。
でも、心にも回復する時間が必要なのだと思います。
気を紛らわすつもりで沢山の情報を入れると、
頭の中はぎゅうぎゅうになって、
返って疲れてしまうのかもしれません。
何を見ても辛いと感じるときは、
自分を責めるよりも、
「少し疲れているのかもしれない」とそっと思い出してみる。
何もせず、ぼーっとする時間が
大切なこともあります。
そうして少し休んでいるうちに、
ある日ふと、景色が少し違って見えたり、
何かをしてみようかなと思えたりすることがあります。
心が疲れているときほど、
休むことには少し勇気がいります。
でも、
ただ休むことも、自分を大切にする時間なのだと、私は思います。
何も変えられなくても大丈夫です。
今日は少しだけ楽になることを、
そっと選べれば、それで十分です。
何も考えられないほど疲れているときは、
「どう回復するか」を考えること自体が負担になることがあります。
そんなときのために、
私は“小さなお守り”のような習慣を持っておくことが大切だと感じています。
少しだけ落ち着いてきたとき、
「どうしてこんなに苦しいんだろう」と思うことがあるかもしれません。
そんなときは、つらいときに視野が狭くなることについて書いた記事もあります。

